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夢と現実のロード・ムービー

映画『モーターサイクル・ダイアリーズ』を、ようやく郊外のシネコンで観ることができた。

実は、先月東京での編集委員会の明くる日、宿泊していた恵比寿のホテルに隣接する映画館で鑑賞しようとしたら、満員御礼だった。しかも朝早くから並んでいたのは若者とカップルばかり・・・
ラブストーリーと勘違いしているのかもと苦笑いして電車に乗った。

一転して当地においては、初老のご夫婦や、私のような年齢よりちょっと若そうなひと達がパラパラと寂しい限りだった。もっともこの地方で、普段からゲバラのことなんかを考えている連中がそんなにたくさん居るはずがないのだが(笑)、息子と娘の住んでいる京都ではどうだったのだろうか?

映画は、史実なのか創作なのかはともかくも、後に「チェ」と呼ばれるゲバラの23〜24歳の青春を意外にも押さえた感じの映像と、控えめな音楽の挿入によって、かえって印象深い。

ちなみに、「チェ=che」とは、南米の中でもアルゼンチン人がよく間投詞で使う「おい!」とか「やぁ!」とか言う意味らしい。ジャマイカで言う「Yah Man!」と同じということか・・・
「エルネスト・チェ・ゲバラ」は、つまるところ「愛称」であり、本名は「エルネスト・ゲバラ・デ・ラ・セルナ」なのである。

いわゆる「ロード・ムービー」としてのジャンルとしては、南米大陸を縦断する形での壮大な物語に仕上がってはいるのだけれども、意図的にアルゼンチンもチリもペルーも、あるいはその他の国々にも通底する「ラテン・アメリカ」を感じさせるように作ったという制作者のコメントがパンフ中に書いてあった。

「怪力号2」と名付けられたノートン・バイクは全行程の三分の一も走破できず、あえなくチリで鉄くずとなったのにもかかわらず、チェはどうして、原作とも言える『モーターサイクル南米旅行日記』を書き、オートバイに乗っての旅行として印象づけようとしたのか。いずれにしても旅はヒッチハイクや、船やイカダなどで続けられ、テクテクと歩く二人の若者の徒労感がスクリーンから伝わってくる。

ロード・ムービーには、名作が多いと思う。
古くは、フェリーニの『道』、私たちの同時代では『イージー・ライダー』、『俺たちに明日はない』、『明日に向かって撃て』であり、近年では『ラスヴェガスをやっつけろ』、『シェルタリング・スカイ』、『パリ・テキサス』など・・・

しかし、この映画はそういう究極の「創作」された人物たちを描いているのではない。
実在の、しかもあの私たちの時代に深く影響を与えた革命家の青春を描こうとしているのだ。

かつて、私も円山公園での激烈アジテーションの中で、思わず「我々も師チェ・ゲバラの遺志を継ごうではないか!!」と勝手な思い入れのまま無邪気に叫んでいた。その私が彼の映画を観ないのでは申し訳ないということではないのだが、映画の中でハンセン病患者のキャンプでの触れ合いが進むうちに昂揚していくチェの魂と、その後現実にキューバ革命を担い、ボリビアで憤死したという動かせない事実が私の中で重なり合い、思わず目頭が熱くなった。

チェ・ゲバラ、今生きているとすると76歳・・・
ちなみに、同行したアルベルト・グラナドはいまだ存命で、82歳くらい。元気でキューバに住んでいる。
誤解を恐れずに言おう。このひとたちがいなかったら、おそらく日本の新左翼・全共闘はなかっただろう。

旅は「夢」から始まり、「現実」によって終わりを迎える。
チェは、革命家になる前に青春の彷徨を経験し、真のヴァガボンドとして生涯を閉じた。
私たちは、活動家を先に体験した後、長い苦い青春の残りを同じく精神的放浪者として生存している。
意に染まぬ振り切れない「現実」がやってくる前に、私たちもまた何処かに旅立っていきたいものだ。

mortorcycle-che.jpg


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