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デスクトップの飛躍的『改革』

ああ、やっと選挙が済んだ。
結果は皆の知るところ・・・アホらしいの一言だ。只々つまらんとしか言いようがない。

当方の住む小選挙区某県1区は、例の「刺客」騒動と、その刺客のお姉さんの不倫メール500通で一躍有名になったが、それ自体何の経済効果もないどころか、県民全体の「民度」がどの程度のものかを全国津々浦々まで知らせることになった。

結局のところ、前回と顔ぶれが変わった訳でもなく、世襲の議員の息子も無難に当選した。
二大政党制なんぞは夢のまた夢ということであろう。初めての選挙権を得た息子は、左京区で期日前投票を済ませたうえで、地元の4候補の選挙事務所に個人的な取材と称してくまなく訪問して、いろいろと質問してきたらしいが、果たして勉強になったのだろうかは疑問である(笑)

そもそも『構造改革』という言葉自体が、保守政権から発せられること自体が私たちの世代からは、とても違和感がある。私たちの若い頃は、『構改派』というのはグリーンや赤のヘルメットを被っていた私たちの仲間の過激な諸君であった。いわゆる「フロント派」とか「プロレタリア学生同盟」というのが、それらを総称する新左翼運動集団でもあった。

今、小泉が主張する『構造改革』というのは、言葉もコンセプトもその意味で完全なパクリでしかない。一緒に戦った私たちの仲間の背中から、何の断りもなく剽窃したものにすぎない。
今時は歴史を勉強することに若い人はとても苦手だという。

外国の例を見るならば、「保守」がいいなぁと心底から思う人たちは年収3000万円を超える人たちが主流で、キチンとした階級意識に根ざしているのだろうけれども、この国は年収300万円にも満たないひとが自民党に投票しているようだ。大いなる勘違いだと笑ってしまう他はない。

これで、この後の増税ラッシュと憲法改正、福祉切り捨てなどの国としての右傾化・保守化は益々激しくなり、息の詰まるような管理国家になっていくのだろう。
キリがないので、とりあえず、この件は今日はこれまで・・・

さて、選挙の結果を受けた訳ではないが、オフィスのパソコン環境を私なりに劇的に「改革」した。
長年使っていたメインのコンピュータを、MacG4からG5に変えて、さらに23型の大型ディスプレイを導入した。目の衰えが著しかったからだ。

機械の「改革」は、とても快適である。
G5にはメモリーを2G積んで、重いOSXをサクサクと動かしている・・・
きっと、この先もこれらMacな環境と付き合っていくのだろう。

2005年9月11日は、とても「暗い日曜日」だった。
かつて同名のダミアのシャンソンを聴いて、たくさんのヨーロッパ人が自殺をしたという。
出口のない世界からの脱出は、もうちょっと先になるだろうから、目前のデスクトップだけでも意のままに動くようにしておこう。


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Comments

う~ん、何でこんな結果になったのか?
私の周りでは職場でも行きつけの呑み屋でも
自民に入れたという人には合わないのですけど・・・・。
私は、多分これは「郵政27万人が公務員でなければいけないのか!」という扇情的プロパガンダと、市民のルサンチマンがシンクロした結果なのか、と理解したのですが、いかがなもんでしょう。
1億総中流=日本「社会主義」といわれた時代が音を立てて崩壊していることに、真の目標も分からず、怨念も恨みも鬱積しつつある・・。そんな選挙だった気がします。

Posted by: はんぺん | September 14, 2005 at 11:43 PM

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