『結語』のみが求められる世界に
先週の土曜日から昨日まで、ずっと自宅を空けて京都と神戸に居た。
続けざまに、昔の仲間とおぼしき人たちと会い、普通なら気分がハイになっても良いところなのだが、12月19日(月)の午後から神戸地裁にて行われた友人の刑事裁判を傍聴してから、逆に少し滅入ってしまっている・・・
今回、裁判の被告の友人の名は松岡利康君と言い、本来ならば7月の私たちの『水平線の向こうに』出版記念会で再会して、かつての旧交を温めるはずだった人なのだが、無粋にも権力・神戸地検はその数日前に彼を刑法203条「名誉毀損罪」で身柄を拘束・逮捕してしまったのだ。私としては、彼が娑婆に出てくるまで、自分のできる範囲での支援をしていきたいと思っている。
***刑法第230条***
<名誉毀損>
第一項 公然と事実を適示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
***刑法第232条***
<親告罪>
第一項 この章の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
(付け加えておくならば、この条文の直接のルーツは明治時代のままである)
つまり、松岡君はこれらの構成要件を満たしたということで、某大手パチスロ・メーカー(法人)と、某関西人気球団の職員だった2名の個人から、なぜか同時に告訴されて、現在は神戸の拘置所に収監されているということである。「月刊ペン事件」、「噂の真相」以来の逮捕・起訴であったらしい。
松岡君がやっていたのは「鹿砦社」という出版業である。それもフツーの出版業ではなく、タレントの暴露記事や追っかけ、その他権力との癒着企業の内部事情とかを執拗に追いかける、いわゆる「スキャンダリズム」を信条とする欧米で言うなら「イエロー・ジャーナリズム」に近似したものであったと聞く。しかしながら、あの雪印を告発した西宮冷蔵の社長を支援して、彼の本まで出してやったという正義漢でもある。
彼が逮捕された直後に、彼の救援活動として、いくばくかのカンパもしたけれど、なにか自分の中では不完全燃焼のような気がして、実際に自分の足で神戸地裁まで出向いてしまった。私にとっては、あのときの隊列の中の誰かが苦しんでいるのなら、今の自分の力の及ぶ範囲で寄り添っていたいという気持ちがいつも先行してしまうからだ。檜森のときも掛け値なしに、そうだった。
実は、松岡君をあらためて法廷で見て、「ああ、やはり彼なんだ」と鮮明に思い出した。
私も、青春のある時期に、自分の立命館大学には居られずに、京都御所を挟んだ隣の同志社大学の学館で政治亡命しながら運動を継続していたからだ。71年4.28沖縄反戦ディーの日比谷公園に、汗をかきかき遅れて来た京大C戦線や同大全学闘のメンバーの先頭付近に彼が居たような記憶があった。
私たちは、もとよりそんな「頼りない記憶」だけでも充分な友情が育める最後の世代だと思いたい・・・だから、彼は紛れもなく友達に違いないのだ。彼が保釈を勝ち得たときには、私は惜しみなく彼を支援して行きたいと決意している。
友の裁判は第二回公判を迎え、関西某人気球団のスカウトだった二名の告訴人の陳述がこの日のメインだった。二人目の元スカウトの顔と名前は、「あれ、この人って?」と思い出した・・・
某在京人気球団のキャッチャーだった人のことである。控えとは言え、テレビで見た彼のしぶといバッティングを思い出しながら、スポーツマンらしい短い彼の陳述をメモしていた。
実は私は、その昔在学中には、関西の学生だけで組織していた「関西学生法律連盟」の刑法担当学生委員だったことを久しぶりに思い出した。その立場から言えば、今回の告訴人陳述に関して、松岡君がビルから落下死した古参スカウトの遺族・・・とりわけ、その長女というWさんの「父は球団の関係者に殺された」という説に感化されたという訳が、どうやって考えても、とてもしっくり来なかった・・・
ちなみに、現時点で現存する長女WのHPとブログは誰でも検索できる。
「某T球団・スカウト自殺」でも出ると思うし、その他の方法でも検索できる。
結論を急ごう。松岡君が「有罪」かどうかを論議する以前の問題として、長女Wの『結語』は、あまりにも常軌を逸しており、自分が遺族として球団の処遇に不満があったことばかりを言い募り、なおかつ自分は取り調べに当たった検事は信頼できるので、自ら「在宅起訴」を望んだと言い、「気持ちがスッキリした」とも書いてある。他方、松岡君は多くの事を知る自分を単に焚き付けただけなので、逮捕・拘禁されるのは当然だと。
これでは松岡君の言う「浮かぶ瀬」は、一体どこにあるのだ。
支援の会も、三回目の保釈請求が却下されたとガッカリする暇はないだろう。
長女Wの明らかな虚言癖とか、彼女のフリー・ジャーナリスト転身とかいうインチキ加減さをズバリ指摘して、逆に松岡君は正義感からの一連の被害者だったという他はなかろう。
友よ、辛いだろうけれど、この現実を直視して、次の再起を図ろう。
もとより、私たちは「後退戦」を戦うことによって、自らを覚醒させて来たし、それゆえその時々の友の大事さを誰よりも知っているはずなのだ。
「表現の自由」という思想の深遠さは、誰よりも私たちが身を粉にして守ろうとした。
『結語』だけが一人歩きしやすい、この時代に生を営み、正義感から世の中を覚醒させ、不正を正そうとした自らの姿勢は間違っていなかったと、誰もが認めてくれる日が来るまで・・・


Comments
このブロクの管理人と共に、松岡氏支援者集会の最後まで同席していた者です。世代は十年ほど下の世代でして、当然話が噛み合わない部分が多々あったことと思います。でも同志社大学学生運動というよく似たような<空間>を共有しておりますので、かなり意思疎通は出来たのではないかと思っております。私自身ブロクなんぞを立ち上げる熱意など持ち合わせていないのですが、偶々松岡氏のウェッブに寄生したのが縁で、遠い記憶の引き出しの中から言葉を寄せ集めております。
ただいま私はドイツ、フランクフルト学派の末裔、ハーバーマスの"On the Pragmatics of Communication"という語用論の本を読んで言葉と現代社会の意味を考えております。それ以外にもグラムシを読み返したりしております。別に学者でも運動家でもないのですが、70年代に喰い散らかされてガラクタになったままの言葉を拾い集めて再構築すること、私も後世に何か残していかなければ死ねないな、という気になりつつあります。私と趣味は合うかな?
それにしても管理人は会社を立ち上げて社会貢献したり、戦友の本を編集・出版される等、松岡氏共々感服しております。
Posted by: miffy | December 24, 2005 at 12:15 PM