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友との再会を祝して

ああ、久しぶりの更新になるのかも知れない。

言い訳になるのは免れないけれども、もともと欲張りにも複数のHPやブログを手がけているうえに、カスタマーからのWEB構築やら、CGIプログラムなどにかまけていると、ここのような個人的な「つぶやきモード」は、日常ルーティンの中で、一番プライオリティー(優先順位)が低くなってしまう・・・
ついこの間も、数少ない読者の方から、「あの後、ちーとも更新してへんやないの!!」と、面罵されて月日の流れを思わず体感させられた次第である。反省すること至極であり、今後とも肝に銘じたい・・・

そういう訳で前回の後日譚になるのだが、名誉毀損罪で半年以上も囚われていた我が友は、1月20日の神戸地裁での証人尋問の後、実に4回目の保釈申請が通り、ようやくシャバで私たちとの合流ができたと報告しておこう。私の昔の記憶どおりというか、もともと小太りだった彼は、長期の国家的施策でもある麦飯ダイエットのおかげで、気のせいかダラけた腹回りなどはピシッとした感じで再会できた(笑)
彼の良さは、何処にいても、ついつい正直な自分を出してしまうということであろう。

再会の場所は、ある関西での運動現場に燦然として輝いていたイデオローグの論文集の復刻出版記念会であった。残念にも、最早そのイデオローグは亡くなって久しく、「ああ、一度は対面したかったなぁ」と思う次第ではあるが、過去の私の青春時代には彼がものした赤い表紙の著作だけは今も大事に所蔵していた。我が友=檜森は、国内に帰って逮捕され釈放された後も運動を思い、件のイデオローグの「ブント・カフェ」と「ブント・マンション」を何回か訪ねて行ったらしい。

このような経緯で、復刻された論文集には、当時の私たちの問題意識が当然ながら詰まって居るわけだが、ここでは細かく触れない。私たちの限られた「大学生」であるという意識の中からは、その文献の中にある「ブルジョア」とか「プロレタリアート」という根本的な概念すらが、当時として余りにも実感できていなかったと言っておいた方が正確であろう。その双方のどちらにも組み入れられていないアモルファスな存在だった私たちが、その後もどのような人生を送ったのかは、あえて後生の批判を待とうと思う。

被告である友の第一声は、「再び会えてよかったですよ」であり、私の第一声は「おお、決まってるじゃん」であって、後は何も説明が要らなかったと言っておこう。木屋町の夜はかくて更けていって、何十年もの隔絶した世界はお互いが意識の中に溶解したのだった。
彼の語る、70年以降の京都・同志社の風景が私自身の風景に重なっていることは言うまでもないけれど、この後の彼の背負うあの時代の十字架については、私も何らかの意味で関与している訳で、何時の日にか、二人だけの総括を世に問いたいと思っている。願わくば、彼の思いが1糎でも届くような世界が来るようにと・・・


matsuoka2

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