ひとつ繋いで、またひとつ・・・
またもや久々の更新・・・
何かを発信していくことは大変なことと思い知りつつ、何とか「ツナぐ」という楽な思想に流れつつある。きちんと自分の周辺のことを微細に伝えていくことは、もう諦めている。
最近になって、偶然にも自分よりもちょっと上の世代の方たちとの交流が多くなった。私ですらもう充分なオジさん世代に達しているのに、それら年上の人達は、昔で言ったら立派なオジイさんたちである(笑)
なんせ、こんな唄があったくらいだから・・・
♪ 村の渡しの 船頭さんは
今年六十の お爺さん
年はとっても お船をこぐ時は
元気いっぱい櫓がしなる
ソレ ギッチラギッチラ ギッチラコ
若いひとには注釈が要るかも知れない(笑)
その昔、どこの川にも橋が架かっていなかった時代のことを。
私が住んでいた地域の北部にも大きな川があって、小学生や中学生は通学にも使っていたそうな。
幸か不幸か、私は渡し船で通学した経験がない・・・
さて、そんなオジイさん世代の中でも、今でも洗いざらしのジーンズにギンガム・チェックのシャツなんかを好む同志社出身のTさんと、京大出身でカント哲学をやってて、卒業後は長いことホルモン焼きの屋台を引っ張っていたというMさんという二人のオジイさんに、この数ヶ月は翻弄されてしまった(笑)
なんせ、この二人は連絡するのにネットどころか、FAXも怪しい。
つまり、FAXするときに本人が機械の前に居て、受信ボタンを押さないとイケないらしいのだ(笑)
結局、この二人には電話もするけれど、携帯のメモリーチェックもできず、要するに手紙かハガキが一番確実なのだ(泣)要するにあることを伝えようと思うと2〜3日かかるのだ。
そんな愛すべきオジイさんたち二人が、示し合わせて東京へ行って某・知り合いの判決公判を傍聴したときに会ったひとを是非とも京都に呼びたいと言うので、「ああ、それはイイですね」と生返事を返したら、オジイさんたちは本気で驀進して、あちこちに電話しまくり、あっという間に数十名を集めた。
ウチの店は、本来二次会でということだったのだが、近隣のある寺院に断られて、結局ウチのカフェで最初から最後までやることになった。
かくして、バタバタと6月の初旬に『○○ティーチイン京都・哲学の道』は開催敢行され、80名強の聴衆の中で、和気藹々と実施された。当日の講師・プレイヤーとして招致された重信メイ・パンタ両氏には、二名のオジイさんに免じて、こちらの準備不足を詫びつつも、結局最後はこの二人の爺様の「純情」に頭が下がる思いであった。あのひとたちは、私が記憶しているかつての関西ブントの明るい側面を今でも体現している・・・60歳を過ぎてもなお、自分が良いと思ったことは積極的に他の人にも呼びかけるのだから。
メイちゃんが話し始めると、会場はシーンと波を打ったように静かになった。パンタがギターをかき鳴らすと、自然に手拍子が巻き起こった・・・
長い長い年月が流れた後の、今回の集いに合流した人達の様々な言葉が改めて身に沁みて感じている。
翻って、私はこの余りにも長い「大空位時代」を、今まで一体どうやって暮らして来たのだろう。
翌日、少しの興奮で眠れなかった私は、メイちゃんとパンタさんとで、西部講堂の三つ星の前で記念写真を撮るのを忘れたままだった・・・



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